感情の学校『心の声ってなんだろう?』〜2限目〜

あなたはふだん、自分の心の声って大事にしてますか?

そもそも心の声ってどんなものだと思いますか?

心の声を聞いたら、あなたは今何をしているのでしょうか。

人が生きていく上でとっても大事なことなのに、なぜだかあまり学ぶ機会のない
「感情」について、末吉がカウンセラーの細川一滴先生に色々聞いていく新企画、

『 感情の学校 』2限目、はじまります!

 

≪感情の学校 2限目≫

末吉:
それでは、第2回目の「感情の学校」ということで一滴先生よろしくお願いします。

一滴:
よろしくお願いします。

末吉:
またちょっとラフな感じでいけたらなという風に思うんですけど、もう一滴さんとはかれこれ5年ぐらい?

一滴:
もっとなんじゃないかな。

末吉:
と、いうことですけど、その過程で2~3ヶ月に1回は食事してるかなっていう。

一滴:
そうだね。

末吉:
ですよね。それが僕「なんでだろう」ってすごく不思議だったんだけど、前回の一滴さんの話を聞いて腑に落ちたところがあって。僕は自分の未熟児の声というか、心の声みたいなものを聞く、そういうものを、一滴さんは大事にしてくれる感覚があったんだな、っていうのをすごく感じたんですよ。

一滴:
本当?

末吉:
本当に本当に。

一滴:
ご飯食べに来ない?みたいな。

末吉:
そうそう。

一滴:
呼び出して。

末吉:
呼び出したりとか、僕が行くみたいな感じでしたけど。それがあったのかなあと思うんだよね。

一滴:
そうなのかね?ありがたいね。そういう感じはあまりしないけどね。改めてはね。

末吉:
これ、上手に皆さんに伝わるかどうか分からないんですけど、あえて感情の話をする、みたいなのよりは、一滴さんがいて、エネルギーっていうとちょっと胡散臭くなっちゃうんだけど、雰囲気。

一滴:
雰囲気ね。それは言われるかもね。常に考えてるから。

末吉:
実際言われるよね。

一滴:
言われる言われる。

末吉:
どういう風に言われるというか。

一滴:
こんなつもりじゃなかったのに、みたいな。

末吉:
どういうこと?

一滴:
「こんなつもりじゃなかったのに、すごい深い話をしてしまった」とか。

末吉:
そうだよね。

一滴:
あとは「こんなこと実は感じてた、ということに気が付いた」とか。

末吉:
ですよね。それって一滴さんあれですよね?「よし、引き出してやるぞ」みたいな感じじゃないでしょ。

一滴:
ないない。逆に僕は自然にそれをやってしまって「あ、しまった。また、やっちゃったか」みたいな。ご飯を一緒に食べてても相手の箸が止まってしまったりするわけですよ。うーんとか言って。入っていっちゃう感じ。内側に。
「ヤバイ、これ楽しいご飯の会だったはずなのに、こういうことまたやってしまったか」みたいな気分になったりするかもね。
でも、出てくるものは、その人が大事にしてるものだから。本人は多分嫌な感じはしないし、僕もそれは聞いてて楽しいけどね。

末吉:
なるほどね。だから自然にそういう風な空気とか雰囲気が一滴さんは出てるのかなっていうか、自然に作ってるんだろうな、っていう感じがしますよね。

一滴:
そう。

末吉:
ですよね。それって意図してるわけではない?

一滴:
全然ないです。

末吉:
自然に?

一滴:
自然に。

末吉:
なるほどね。そうか、それに僕は癒されてたって感じなんでしょうね。

一滴:
イケイケの末吉さんがね。どっちもいけるよね。イエーイっていう方もいけるしね。

末吉:
そっちもいけるかもしれないけど。そういう意味では僕は実は経営者の人だったりとか、すごく社会で頑張ってる人だったりとか、そういう人達もやっぱり感情っていうのは目を向けた方がいいんじゃないかなっていう風に思ったりするんですよね。やっぱ思いますかそれは?

一滴:
思いますね。そうしないと心の声は小さいので大事にしていかないと。よく言うのは階段を駆け上がっていって、上ってみたら風景が違ったりね。「こっちじゃなかったはずなのに」みたいな。

末吉:
なるほど。思ってたとこと違った、っていう。

一滴:
そうそう。
っていうのもあるし、「ただ、やらなきゃいけないから」みたいな感じで、がむしゃらになってると、どこかで折れたり、あとは頭打ちになったりするよね、きっと。これは言っていいのかな。僕、離婚経験があるんだけど。最初の結婚は感情的というよりは理屈で結婚したんだよね。「こうこうこうだから、きっとこの人僕の役に立つ」みたいな。もちろん持たなかった。
心と体がついていかない、みたいな感じで。

末吉:
心の声はそうじゃなかった?今思うと。

一滴:
そう。本当に大変失礼な話なんだけど。そういうことを経験して。

末吉:
ということは当時は一滴自身が心の声を抑えてたっていうこと?

一滴:
そういうことだね。「やっぱり違った」みたいなことを繰り返して、大事だなこういうのって。そういう原点があるんだよね。

末吉:
なるほどね。だから景色が違ったっていう。

一滴:
そうそう。

末吉:
この声を抑えて走っていったらこの人じゃなかった。それは「失礼かもしれないけど、この人じゃなかったっていうことに、この年月経って気付いた」みたいな。

一滴:
そうそう。気付いたみたいな。

末吉:
なるほど。もしかすると、そういう意味では、感情の話をしてるときに、これが適切か分からないけど、「短縮できる」というか。

一滴:
そうだね。

末吉:
それはありますかね。

一滴:
やっぱり親兄弟を見てても、自分も含めてたけど、「犠牲」をすごくしてしまうっていうことに気が付いて。(自分を)「犠牲」にしてると、周りの人誰も幸せにならないって感じるのね。母親「犠牲」してて親父「犠牲」してて子供たちがみんな幸せじゃない、みたいな。子供たちも「犠牲」してみたいな。

末吉:
「犠牲」って、例えば具体的にいうと、どういうことというか、もう少しいうと?

一滴:
「本当はやりたくないんだけど仕方ないからやっている」家庭生活とか仕事とか。うちの親父は優秀な医師でしたけど常にイライラしてるんだよね。

末吉:
もしかすると心の声を・・

一滴:
完全に聞いてない人でした。そういうのを見てて「かわいそうだな・・」「何でああなんだろう?」っていう疑問はずっとあったんだけどね。で、なんとかしたいなって。父親の話を聞きたいな、っていうのがすごい原点にある。何を考えて何を感じているのか聞いてみたいなって。聞くに至らず父が亡くなってしまうんだけど。それはすごく原点としてあるね。

「聞いた方がいい、そうしないと死んでしまう」みたいな感じです。

末吉:
そうだよね。一滴と話してると「僕の心の声って何なんだろう」って今もすごく思いますよね。本当に多くの人が本当に大事にすべきことを大事にしてなくて後から気付く。
作家の吉本ばななさんのお父様の吉本隆明さんっていう思想家の方なんですけど、その方達のエピソードに少し似たものがあるんです。目の前にいるときにはその大事さみたいなものに気付かなくて、本当はもっと話したかったこととか一杯あったけど、そういうものに気付かずに逝ってしまった、みたいな話があって。僕も普段は「仕事に行かないと」「稼がないと」っていうのがいっぱいあるけど、一滴さんと話してると本当に大事なものって何なんだろうみたいな。ちょっと考えさせられますね。

一滴:
でしょ?それは短縮できるかどうかはちょっと分からないんだけど、短縮した方がいいとも限らないしね。全てのドラマの中に人生の大事な要素が入ってくるので。短縮できることがいいと限らないけれど。でも20歳まで生きたら、あらかた何が大事かっていうエッセンスは入ってると思うのね。20代でそういうのをちゃんと濃縮していったら、そのあとすごく有効にその人の命が使えるんじゃないのかなと。

末吉:
それも聞きたいですけどね。今回はこの辺りで。また次回も今の話か、命を有効に使うというか、その辺りをちょっと突っ込んで聞いてみたいな、という風に思いますかね。では、また次回もぜひ聞いてもらえたらと思います。今回もありがとうございました。

一滴:
ありがとうございました。