文学小説の味わい。

ガチャッ。

裸足で靴を履いて、部屋着姿で玄関を出る。

コンコンコンコン…。

寒さに震えながら、薄暗くなった階段をおりる。

カチャ…ジーーッ…カチャカチャ。

銀色と黒のダイヤルを回して、3つの数字に合わせる。

キィーッ、ゴソゴソッ。

郵便受けを覗いて、Amazonから届いた茶色の封筒を取り出す。

郵便受けを締め、階段をのぼり、玄関に入る。先ほどまでの巻き戻しのようにして、暖房のきいた暖かくて明るい部屋へと戻ってきた。はやる気持ちをおさえるようにして、Amazonの封筒を破いて出てきたのがこちら。

『鳩の撃退法』 佐藤正午)

本を並べてスマホで写真を撮っていたら、奥さんが横から聞いてきた。

「鳩を追い払う方法が書いてあるの?」

そんなはず、ない。

まだぼくも読みはじめたばかりだから内容はわからない。わからないけれど、小説である。ただもう、冒頭を読みはじめたらとまらないではないか。他にもやることがあるのに迷惑な限りである。

と、愚痴りたくなるくらい、のっけから物語のなかにずるりと引き込まれてしまう。ふとはじめてポケモンをプレイしたときのどうしても手を離したくない、いっときでも長くその世界に浸かっていたい感覚を思い出した。(これを書いている瞬間もパソコンの隣で圧倒的な存在感を示してぼくを誘惑してくる)

まだ読み終わっていないからなんとも言えないが、いい小説に出合える幸せを味わっている。ちなみに、『鳩の撃退法』の前に読んでいた『日の名残り』(カズオ・イシグロ)もじつに素晴らしかった。

ちょうど読み終わるころ、現実の時間もシンクロするかの如く夕方。黄金色に照らし出される木々と街並みにしばらく見入っていた。何するでもなく、ただ静かに。

何がよかったかというと、よくわからない。しかし、わからないからといって、よくなかったかというとものすごくよかった。

こう生きたほうがいい。
お金とはこうである。
人間関係はこうあるべき。

といったわかりやすい教訓みたいなものはない。(少なくとも押しつけがましくはない)だけれど、その物語を身体に取り入れることで、ほんとうに必要な変化が、よきタイミングで、ごく自然と起こる感じがするのだ。

とまぁ、最後のほうに書いたことはおまけみたいなもので、『鳩の撃退法』、『日の名残り』、そして文学小説はいいよ、と書きたかっただけである。