ペットボトルの水は、飲んだらなくなる。
「どうかなくなりませんように…」とお祈りしながら飲んでも、「よしっ!」とどんなに気合いを入れて飲んでも、「なんでこんなに減るんだよ」と文句たらたらで飲んでも、容赦なくペットボトルの水かさは下がる。
どんなに願っても、気合い入れても、文句を言っても、どうしようもないこととというのは世の中に存在するもので。これって、ペットボトルの水は飲んだら減る、お弁当は食べたらなくなる、といった目に見えるものなら理解はしやすい。だけど、目に見えないものだと厄介だ。理解できなかったり、受け入れられなかったりするからタチが悪い。
たとえば、集中力。
朝から着ていく服を選ぶのにも集中力を使う。もちろん、仕事をするのにも集中力を使う。人と話をすることにだって、こんなふうに文章を書くのにだって集中力を使う。
そんないろんな活動の原動力的な存在である集中力には、総量があると言われている。つまり、ぼくの、あなたの一日に使える集中力は限られているということだ。ちなみに、集中力の源となるのが、脳の前頭葉で思考や感情をコントロールする力、「ウィルパワー」と呼ばれている。
人によって集中力の総量は異なる。コンビニのあったか〜い飲み物BOXに置かれている小さなペットボトルもあれば、通常の500mℓのものもある、自宅用として購入されるおっきな2ℓサイズのものだってある。
ちなみに、いま現在のぼくの集中力の残量は、ペットボトルの側面にポツポツとついている水滴ほどではないかと思う…。電子書籍の編集作業が連日連夜つづき、からっからなのがじぶんでもわかるほどだ。
そこから、この原稿を書くのは集中力を超えたナニカを使って書いているとしか言えない。気合い、根性的なナニカを。…おっと、そんな頑張ってるアピールをしたいわけではなかった。
集中力には総量があるということをはっきり意識してみよう、そう思ったのだった。なにに、どれくらいの、集中力を注ぐのかを考えてみるのはおもしろそうだなぁ、と。
今日一日のスケジュールを眺めたり、やることを書き出してみたりして、これには10mℓ、こちらは50mℓ、ここにはドカンと200mℓだ!、てな感じで。ゲームみたいでおもしろそうなので、あしたやってみようかな。