亀のようにノロノロゆっくりと本を味わう。

ヴィヴァルディ、調和の幻想、山茶花、ハイドン、ト短調のピアノソナタ、ルーベンス、不思議の国のアリスのチェシャ猫、リッキー・ネルソン、ハロー・メリー・ルウ、あずまや、ボビー・ヴィー、ラバー・ボール、トロツキー、オイル・サーディン、レイモンド・モロニー、ユリイカ、勇気ある追跡、シンシナティー・キッド、スティーヴ・マクィーン、エドワード・G・ロビンソン、純粋理性批判、エスカイヤ、ケネス・タイナン、ポランスキー論…

ここまで読み進めてくれたあなたはすごい。こんなよくわからない単語の羅列に付き合ってくれて。ただ、多くの人は最初の1行くらいは一つひとつに目を通して、あとは全部をひとかたまりにして1秒で読んだ、いや見ただけの人もいるに違いない。(ぼくなら、きっとそうする)とにかく、「意味がわからない」と呆れずに、ここまで読んでくれているあなたはやっぱりすごい。ついでにもうひとつ、負荷をかけたい。(ついで、になっていないか)

「この単語たちは、はてさて一体なんでしょう?」

求められていないかもしれないけれど、強制的に答えを発表したいと思う。

『1937年のピンボール』(講談社)村上春樹 の文庫版42ページまでに登場したぼくが知らないことばの数々だ。

それらをせっせせっせと書き写した。ちょっとだけ骨の折れる作業だったかな。ちょっとだけ、とあえて書いたのには理由がある。これらのことば全部を辞書かGoogleで調べあげながら読んでいるからだ。

するとまぁ、読書スピードがカメのようにノロノロと遅くなる。進み方は通常の三分の一くらいだ、たぶん。比較的せっかちなぼくにとっては、イライラする瞬間もなくはない。だけれどそれ以上に、いいことがたくさんあると発見して驚いた。そのうちのひとつがこれだ。

僕があぶなっかしく積み上げられたバリケードがわりの長椅子をくぐった時には、ハイドンのト短調のピアノソナタがかすかに聞こえていた。

村上春樹さんの『1973年のピンボール』の一節。まさにその音楽を聞きながら読むのはいいものですね。https://m.youtube.com/watch?v=Ks3DsMX_Arg 

いままでは、なんとなくで読み流していた。(ことに気がついた)でもたとえば、小説に出てくる音楽家のことを調べて、まさにその曲を聞きながら読み始めると、その世界がよりリアルに立ち上がってくる。この部分なんか、お気に入りだ。

一九六一年、西暦でいうとそういうことになる。リッキー・ネルソンが「ハロー・メリー・ルウ」を唄った年だ。その当時この平和な緑の谷間には人の目を引くものなど何ひとつ存在しなかった。何軒かの農家と僅かな畑、ざりがにだらけの皮、単線の郊外電車とあくびの出そうな駅、それだけだ。

風景がありありと見えて、匂いまでしてくる気がするし、手に触れることができそうで、この音楽が流れてくる。これをきっと、小説にのめり込んでいるというのだろうか。

そう思うと、こう思う。

「これまでぼくは、どれだけ雑に本を読んでいたんだろうか?」

同時にまた、こうも思う。

「これからの読書が、いっそうたのしみだぞ」

今回もコンテンツ会議の記事を読んでくださって、ありがとうございます。
この読み方の素敵なところは、じぶんの世界が広がることです。たとえば「ハロー・メリー・ルウ」に出会える幸せはなんとも言えません。

◉ ツイッターも熱心に楽しんでます。
→ https://twitter.com/hiroomisueyoshi

追伸、、、
この曲もまたオススメです。