心のなかで生き続けることば。

「世の中から必要とされる人になりなさい」

どんより曇り空の下、神楽坂の路地裏にひっそりと佇む中華そば屋さんへ2人で入る。すっきりと上品なスープが印象的で、大盛りで増量したにもかかわらず、大量の麺がサラリと胃の中に滑り込んでいった。口直しに、近所にあったカフェドクリエへ立ち寄り、コーヒーを飲みながら雑談。

一緒に過ごしていた相手は、各界の著名人も通う治療家、整体師、コーチ…、一言では説明しにくいのだけれど、とにかく多方面の技術を有した人だ。仕事をご一緒しているので、月に一回みっちりと打ち合わせをするが、こういう特に目的もなく無駄に過ごす時間はいい。仕事のパートナーでありながら、友人としても単純にたのしく過ごせるのがうれしいなぁ。(ふたりで中華そばの旨さにテンションが上がったりするのは学生みたいなノリだし)

汗をかいたグラス半分くらいになったコーヒーを、さらにストローで減らしながら彼がサラリと笑いながら語った。

『「世の中から必要とされる人になりなさい」先生からそう言われたことばが、なぜだかずっと残っているんだよね。いつも意識しているわけではないけど、じぶんの根っこになっているんだ』

前後の文脈は半分以上忘れてしまったが、このことばが耳に残った。同時に、とあるエピソードを思い出した。

昭和四十年頃に開かれたとある講演会で、いまでは経営の神様と言われる松下幸之助さんに、こう質問した人がいた。

「松下さん、人材でも、お金でも、ダムのように蓄えておくことが必要で、大切だということは良くわかりました。でも、どうしたらダムのように、人材やお金を集めたらいいんでっしゃろ。それが知りたいんですわ」
しばらく沈黙した後、松下幸之助さんは、こう語ったそうだ。

「そりゃあ、まず、そう思うことですなぁ」

その場にいた聴衆の多くは、(ことばには出さないが)残念がった。

「なーんだ、そんなことか」「そんなこと、誰でもわかってますわ」と。

そんななか、熱心に聞き入り、雷に打たれたような気づきを得た若き経営者がいた。それが同じく今では日本を代表する経営者の稲盛和夫さん、その人である。

当たり前のことばの、その奥なのか裏なのかにある、深みやら重みとともにそのことばを受け取れるかどうか。とっても大切な感性だなと思った。

身の回りには、ことばが溢れている。語られているもの、書かれているもの。興味があるもの、無関心なもの。心地よいもの、嫌感を感じるもの。

もっと、ことばに心を開きたい。

そしていつか、こんなことぜーんぶ忘れた頃に、心に生き続けることばに出合えたらいいなぁ。

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いま、『うらおもて人生録』を読んでいます。まぁ、軽妙な語り口が小気味よい。生き方の答えがない今の時代こそ、ひとつの善き参考になる人生訓がいっぱいです。

俺は、自分の実力に応じた金をもらうべきだ、と思っていたからね。実力より多くても少なくてもいけない。実力より多い収入の場合、そこでだらだらと運を食ってるからね。

いやぁ、個人的にはシビれるわ。

『うらおもて人生録』色川武大著